子どもの頃は夜空を見ては「おほしさまがほしい」なんて、無茶な願いを言っていたっけ。
今はもうそんなことはないけど。
だけど大きくなった今でも、綺麗に輝くものは好き。
ただ、手を伸ばしても届かないものじゃなくて、届くものを欲しがるようなった。


「私にとっては、とても迷惑なのですがね」


隣に座る主がそうぼやいた。
私が「何がです?」と聞くと主は苦笑いをしながら私に


「届かないものなら諦められますが、届くものは諦められません。私なら、手に入れようとしてもがいてしまいます」
「成程」


短く返すと私は茶をすすった。温くなったそれは適度に喉を潤し、体を暖める。
主は茶菓子をひとつつまんだ。星のようなそれを口に入れるとうっすらと笑みを浮かべ、指に付いた砂糖を舐めた。


「これ、随分と甘いですね」
「信長様より賜りました。蘭丸が羨ましそうにこちらを見てましたね」
「ほう……」


蘭丸に分けてはあげなかったんですね、と笑う主に私は微笑で返した。
私もそれに手を伸ばす。小さなそれを口に含むとほんの僅かな甘味が口に広がる。
これは美味しい。
いっそ私の褒美もこれにしてもらおうかと思うほどに。
口の中のそれが無くなる前に、もう一粒。


「手の届く星……ですか?」


突然、主は私にそう言った。
主を見ると嬉しげに笑っている。いつも通りの表情だ。
私は手にしたそれを口に放り込むと、主から目をそらして返事。


「今は、星よりも手に入れたいものがありますので」


主は心なし残念そうに笑った。
私は再び湯飲みに口をつけると、若干しょげた主に菓子を勧めた。
主は軽く会釈をして、皿の上の星をつまんだ。
ぽりぽりと音を立てて食べる主の姿は、まるですねた子供だ。
こういう姿を見ていると、戦場での姿が嘘のように思えてくる。
試しに頬をつついてみた。余計すねてそっぽを向いた。
頭を撫でてみた。何だか少し機嫌がなおったように見えた。
そして、



「何でしょう」
「貴女は何が欲しいんですか?」


そう聞いてきた。
不思議な質問だと思った。それを聞いて何をするつもりなのだろうと。
まさか、竹取物語のように求婚してくるなんてことはないだろうが。
今までの流れから考えると……私の為に用意してくださるのだろうか?
それならそれで嬉しいけれど。私は茶を一口すすり答えた。


「手に入るものですか?」
「ええ、あるのなら」
「ならば光秀様……貴方の目を」


主の表情は笑顔のまま固まった。
それもそうだ。いきなり面と向かって「目をくれ」等言われて素直に渡せる人間などいない。
私は冷や汗をかき始めた主に向かい、微笑。


「手が届いても、無茶な願いなら諦められるでしょう?」


あ、念のため言っておきますが目をえぐるなんて事しないでくださいね。
そっと、主の頬に手を沿えて釘をさしておく。
ああ、これだからこの人の側にいるのは面白い。
狂っているのか、呆けているのか、それが自分でも解っていないのだろうこの人が。
沿えた手をそのまま頭に移して、優しく撫でてやる。
固まっていた主の表情が、肩が、少しだけほぐれた。


「貴女は本当に意地の悪い人ですね」
「あら、そんなことはありませんよ?」
「そうやって笑ってはぐらかさないでください。……何故私の目が欲しいのです?」
「綺麗じゃないですか。キラキラしてて」
「何なら片方あげましょうか?」
「そこにはまっているから光秀様の目は綺麗なんですよ?そのままでいいんです」
「………………」


ほら、また固まった。
私は笑って、そして茶を啜った。
さて、次は髪が綺麗とでも言ってみようか。





キレイナモノ


(意味も何もない。ただ語らいあうのみ)
(しかしこの時間が何よりも愛おしいと感じた)
(そんな、麗らかな午後)