「卑怯」
「…………」

次の進軍に関係する書類に目を通しているリュウガに、は退屈そうに呟いた。
別に部下でもない彼女がなぜ自分の部屋にいるのか、あまつさえベッドを占拠されこんなことを呟かれなければならないのか、リュウガには全く分かっていない。
分かるはずもない。はただなんとなく気が向いたから彼の部屋にやって来て、熱心に仕事をこなす彼を傍目にごろごろと暇を潰し、脳裏に浮かんだ言葉を深く考えず呟いただけなのだから。
気まぐれな彼女を責めればいいのか、理解不可能な相手にいつの日も振り回されている我が身を呪えばいいのかさえ分からない。
そんなリュウガの最終手段が聞き流すこと。耳に入ってくるのは仕方がない。だが、だからといって律儀に答える義務もない。リュウガは言葉を返さないまま彼女の呟きを静かに脳裏から消していた。
つい先程のの呟きも、心中では「何が卑怯なんだろうか」と思ったが声には出さない。とにかく今すべき事を先に終わらせよう。そう考えた。
しかしの口撃は続く。

「リュウガさんの鬼蓄ーっ」
(勝手に言っていろ)
「リュウガさんのしたまつげーっ」
(それは悪口か?)
「リュウガさんの天然エロスーっ」
(それは貶してるつもりか?)

律義に脳内で返事をした後、ため息をひとつ。書類を読み終えると次は地図を開いた。
砦の位置とその周辺の地形を確認すると作戦を練る。今回の出撃はリュウガとレイナの部隊だ。最近何故かよく組んでいる気がしているが、まあ気のせいだろうと流す。
その間も彼女の口撃は無意味に、そして遠慮なく続いた。

「リュウガさんの優男ーっ」
「……………………」
「リュウガさんのいけめーん」
「……………………」
「リュウガさんの美人ーっ」

途中から口説き文句になっている彼女の言葉にことごとく集中力を削られる。リュウガはついに折れた。
深く、先ほどよりも深くため息をつくと地図を丸めて机に置く。振り向くとはベッドに仰向けに寝転び枕に顔をうずめていた。呆れた表情でその姿を見ているとはまた一つリュウガに呟く。

「リュウガさんあいしてるーっ」
「……心にもないことを言うな」
「あ、やっと反応した」

ようやく返事をしたリュウガをは枕越しに見る。席を立つとリュウガは悪戯っぽく笑む彼女の隣に腰かけた。
枕を手放すとは寝転がったまま体勢だけを変えてリュウガの腰に抱きつく。

「お仕事は?」
「さっきから邪魔をしているどこかの誰かのせいで一時中断だ」
「へぇー、そんな人いたんだ。気付かなかった」

白々しく答えるに「お前の事だ」と言おうとして、リュウガは大した意味もないかと言葉を飲み込む。そして抱きついてきたの腕を丁寧に剥がした。は頬をふくらまして抗議し、今度はおぶさるように抱きつく。どうせまた引き剥がしたところで抱きついてくるのだろうと諦めたリュウガはため息交じりにに質問した。

「大体、自分の仕事は如何した」
「私の仕事は兵の皆さんに笑顔と元気を届けることです。今日の配達は終了しました」
「……」

淡々とした口調で、且つ無表情で平然と言ってのけるに、聞いた俺が馬鹿だった、と脳裏に一言過るリュウガ。背中に貼りついて離れない彼女の顔も見ることなく少しばかり痛くなった頭を押さえた。

「そもそもなんで俺の部屋に来る」
「だぁーって、みんな忙しくて構ってくれないんだもん」
「俺も忙しいんだぞ」
「でも構ってくれるもん」

ぎゅっと、の抱き締める力が強くなった。声はどこか楽しそうで、ついでとリュウガの後頭部に思いっきり頬ずりしてみる。リュウガがびくりと体を震わせた次の瞬間、はリュウガから引き剥がされて、ついでに小脇に抱えられていた。

「ちょ、わ、なにするんです?」
「好きで構っているわけではないんでな。悪いが」

無駄のない流れ作業のような動作には反応する間もなく大人しく抱えられる。抵抗することもなくじっとリュウガを見るが残念なことに背中しか見えない。リュウガはまっすぐ部屋の扉の前に。空いた手でドアノブを捻ると、

「他の誰かに構ってもらえ」

を部屋の外に放り出した。小さく「きゃんっ」と声をあげては廊下に前のめりに着地する。危うく廊下に熱烈にキスをしそうになるのを両手でガードする。リュウガはそんなの小さい背中に突き刺さるんじゃないかというほど睨みつけると、乱暴に扉を閉めた。
は閉じられた扉を数秒見つめた後に頬を膨らませて抗議のノックを繰り返す。「ちょっとー!リュウガさん聞いてましたさっきの話!」「リュウガさんしか構ってくれないんですってばー!」という声を扉越しに聞いていたリュウガの顔は耳まで赤く赤く染まっていた。





魔狼の憂鬱



(好きで構っているわけじゃない、嫌って追い出すわけでもない)






>>>やばい、ぐだぐだ過ぎて困る。