扉を開ける音と共に女の声がした。
足音、背を向けていても分かる癖のある歩き方はのものだ。先程廊下で見掛けたときに命じておいた、次の侵攻予定場所の地図でも持ってきたのだろう。しかし今は手が離せない。目を通しておかねばならない別の資料が手元にはあった。

「おい」

持ってきた地図はその辺に置いておけ。
そう言おうとした。が、

「机の上に置いときましたよ」

最初の二文字を聞いただけでは返事を寄越した。まるで俺の言いたいことを読んだかのよう答えだ。

それが腹立たしい。

なぜかやつは最近、俺が皆まで言う前に答えを返してくる。何も考えていないような表情で平然と受け答える姿には苛立ちすら感じる。
俺はに更なる命令を下すことにした。
喉が渇いた。直ぐ様茶を持ってこい。そう命じるつもりだった。

「おい!」
「あ、すぐに持ってきますんで」

理解しているのかしていないのか、答えは先程よりもうんと早く返ってきた。
なんだ、この女は本当になんなんだ。まだ一言しか言っていないのに何故『持ってくる』等と言えるのだ。
それに何を『持ってくる』つもりでいる。俺の思う通りのものを持ってこれるのだろうか。
……本当に茶を持って来れたら多少なれ誉めてやってもよい。
手元の資料を読み終え机を見ると、巻かれた地図が積み重なって山を作っていた。
あの女、よくもまあこれだけの数を持ってこれたな。場所を知らない奴なら少なくとも1時間はかかるだろうに。
脳裏でひそやかに感心していると、ふと視界の端に、部屋を出ていこうとするの後ろ姿が映った。

「……おい」

と、声を出した後に気付く。特に用事はないが呼んでしまった。とりあえずここにいて俺の暇を潰せ、とでも言っておこうか。
するとは此方を向いて薄く笑うと、

「あと10分で休憩時間ですから、それまで待っててくださいな」

そう言い残して部屋を出ていった。扉が閉じて部屋に静寂が戻ってくる。
会話が終わってみれば最後の最後まで何やらあいつのペースで事が進んでいた。
この俺が、帝王の俺が、あんな使用人の女風情に。

「…………くそ」

去り際の笑顔が脳裏に張り付いて離れない。それが余計に腹立たしく思えた。



   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  




「……あの〜、さん」
「ん?」

が湯を沸かしていると、遠慮がちに名を呼ばれた。
声の方を見ると、大人しそうな一人の少女が恐る恐るの顔を覗き込んでいた。
は記憶を辿り、彼女が自分の後輩であったことを思い出すと笑顔を向ける。
少女も笑顔を見せるとへの言葉を続けた。

「あの……よく聖帝様の言いたいことが分かりますね」
「あれ?勘だよ、勘。なんとなーく声色から次に言いそうなコトを予想するの」

は人差し指をぴっと立て、「例えば」と話を続けた。
さっきの会話だとこんなもんだ。
一回目の「おい」は前もって命令していたことについて聞いている。意味は次の侵攻予定周辺の地図は持ってきたのかあたりだろう。
二個目の「おい」は私の態度が気にくわなくて適当に新しい命令を下そうとしたんだろう。意味は喉が渇いた。茶でも持ってこいで合ってるはず。
三個目の「おい」はつい呼んでしまったんだろう。今回だと本人はまだここにいて俺の暇を潰せ、という意味で言っているが、本心は寂しいからまだ行くな。そんなところだ。
それを聞いた少女は目を丸くして驚いた。
簡単そうに話しているが、声色だけで相手の心を読み取るなんてことなんて普通できやしない。
しかもよりにもよって相手はあの恐ろしい聖帝サウザーだ。
些細な失敗にも容赦のない罰を与えるあの男に果敢にもは真正面から対峙しているのだ。
力ではなく、言葉で。
しかも結果は彼女が怪我ひとつなく五体無事でいることが物語っている。
は勝ち続けているのだ。あの男に。
今もは自分の隣で鼻唄混じりにカップに淹れたての茶を注いでいる。先程の予測に従い、主人のためにと用意をしているのだ。
少女は感心したようにを見つめると、ふと気になったことをそのまま口にした。

「どれくらい当たるんです?」
「んー……十中八九?」
「かなり高くないですそれ!?」
「ぁー、まあ高いっちゃあ高いわね。でも外れる時もあるよ」
「でもすごいですよ。……あ、さっきのだとどれが当たりだったりします?」
「そだねぇ……1と3は確実かな。2は種類までは特定できないから微妙」

予想外なのが残った。
少女はおもわず口に出そうになった言葉を飲み込んだ。
わずかに変化した少女の表情から心情を読み取ったのか、は苦笑いで彼女の方を叩く。

「ま、長い間勤めてたらいずれ理解できるさ」
「そ、そうですか……」
「そうそう……あ、そろそろお茶持ってってあげないと拗ねちゃうや。残り任せたっ!」

そう話を切り上げると、はカップをトレイに乗せて台所を後にした。
残された少女は、ぱたぱたと去りゆくの背中を見ながらぽつりと呟いた。

「……さんくらいしかいないよなぁ」

あの恐ろしい男をここまで子供扱いでき、尚且つそれを許されている人間は。
このあとあの二人の間に一体どんなやり取りが行われるのかを気にしながら、少女は大量に積み重なっている皿を片付け始めた。






テレパシィ

(どうしてお前なんかに分かるんだ!)


(だって分かりやすすぎるんだもん)