妙なものがいたもんだ。

 「おい、薬売り」
 「、何か用で?」
 「これは何だい?」

 薬箱の中から奇妙な音が聞こえた。だから引出しを開けた。
 勝手に開けてすまないと思ったが、鼠でも入り込んで薬が駄目になるのに比べたらとの事だった。
 なのに、中にあったのは。

 「なんで薬箱の中から蛸が、それも新鮮で、生きたまま、出てくるんだい?」

 うにょろと足を動かしているのは一匹の蛸。小振りなのか子供なのかはわからないが、掌に収まるほど小さいそれをあたしは摘み上げていた。
 薬売りはと言うと、いつも通りのしれっとした顔であたしとタコを交互に見ている。それに一体何の意味があるのか、出来れば意味なんてない方が有難いんだが。
 薬売りは意味深な笑みを浮かべた後に一言。

 「絡めるん、ですよ」

 そう言った。嫌な予感が止まらない。

 「は?」
 「男の浪漫の追求、と言いかえればいいでしょうか。とどの事つまりと触手プレイがや」
 「はい禁止ワード入りましたー」

 今晩にでも刺身にして出してやろうと、あたしはその蛸を手に乗せて部屋を出た。
 だがこの蛸、あまりに小さい。ついでに言うと何やら愛嬌がある。
 さっきからじっとこっちを見ているような、そんな気がする。
 と、蛸があたしにすっと手を2本ほど差し出してくる。まるで「さあどうぞ、食べてください」とでも言いたげだ。

  ……食えるわけないだろおおがああああぁぁぁぁぁ!!!

 仕方なく、物置から丁度良さそうな入れ物を見繕って、その中に蛸を入れ、出来るだけ海水に近付けた塩水で満たしてやった。
 蛸は心なし嬉しそうな感じでこっちを見ている。ぺたぺたと入れ物から足を出して……まさか、蛸がこんなに可愛いとは思いもしなかった。
 軽く撫でてみると、犬のように大人しくしている。ちくしょう、超可愛い。

 「おや、喰わないんで」
 「こんな小さいの食えるはずがないだろうが……全く」

 少しにやけた顔をなんとか平常通りに戻して、後ろから聞こえた声に振り向きもせずに答えてやる。
 薬売りはなにやら不穏なオーラを保ったままこっちを見ているが、なに、気にすることはない。

 「大体、こんな小さい蛸でそんなことできるはずないだろうが」

 持ってくるなら人よりも数倍大きい蛸でもつれてくるこった。
 無理だという事を分かった上でそう言い放つと、何故か薬売りは物言わずあたしを見る。
 そしてぽんっと手を打つと部屋に戻り、薬箱を背負って出かけて行った。

 ……まさか、探しに行ったわけでは、ないだろうね……?





(それにしてもこの蛸はほんとに可愛い)