「年越し、か……」
「今年も終わりだねェ……」

今日は一日忙しかった。
朝も早くから家中掃除して、もはや塵のひとつ残っちゃいない。
昼を過ぎたら今度は掃除の後片付け。
黒くなった雑巾を洗ったり、動かした家具を元通りに戻したり、
薬売りに手伝わせたがなんだかんだでお八つすら食べてない。
そんでもって気がつけばもう夜。時間の経つのは早いもんだと改めて思った。
すっかり冷え込んできたもんだからと火鉢を用意して、
腹が減ったもんだからと二人で晩飯にすることにした。

「それにしても、
「なんだい?」
「……ここは平常、蕎麦を食べるんじゃ?」

机の上には湯気立つ二つのどんぶり。中身は饂飩だった。
個人的な趣味により、油揚げを二つほど乗せてみたが、これがまた汁を綺麗な黄金色にするもんだ。
やっぱり饂飩には油揚げだとしみじみ思いながら薬売りに箸を渡す。

「仕方ないだろ、あたし蕎麦苦手なんだから。粉吸うのも駄目なんだよ?」
「……まあ、それなら仕方がないが」

薬売りが箸を受け取ると向かい合って座った。
手を合わせて二人で「いただきます」を言うと、二人で饂飩を啜る。
予想以上の麺の弾力に若干驚きながら、油揚げを麺の下の方に潜り込ませる。
揚げはしっかりと汁を染み込ませたのが美味いんだ、と自分では思っている。
無言で食ってると、気まずくなったのか薬売りが問いかけてきた。

「この饂飩はで打ったんで?」
「いんや。讃岐に住んでるアヤカシ仲間がね、送ってきてくれたんだよ」
「……讃岐から、わざわざ江戸まで?よく持ったもんだ」
「その娘、雪女なんだよ。凍らせて運んでくれたんだ」
「……讃岐に雪女とは、これまた奇妙な」
「『あたしはここに雪降らせてやんだ!』って意気込んでてねェ」

くだらない話をしていた時だった。
ごぉ――――――ん……
と、遠く山の方から低く響く鐘の音が聞こえた。

「おや」
「鐘の音」

どこぞの山寺で鳴らし始めたそれが、もうすぐ今年が終ることを告げていた。
せっかくだからと鐘の音を聞きつつ饂飩をいっきに食いきる。汁を吸った揚げはやはり美味かった。
いくつまで数えたかは分からなくなったが、鐘の音がやんだという事は百八つ鳴らし終わったんだろう。
箸を置いて、向かいに座る薬売りを見る。

「年、明けたな」
「ああ、おめでとさん」
「……まあ、今年も」
「よろしくね?」

互いに軽く礼をして、新年最初の挨拶を。あたしも薬売りも、小さく笑みを浮かべてた。
また今年もこいつと一緒かと思うと嬉しいんだか嫌なんだか。
何とも複雑な感情があたしの中で渦巻いた。



ゆく年、くる年。






(今年と言わず、いつまでも)
(さあさあ、次は初詣でか初日の出か)