君に捧げる処方箋





「ただいまぁ〜」


情けなく室内へ響く声に返事をするものはいない。
当たり前、だってあたしは独り暮らしだもん。返ってきたら逆に怖い。
おそらく誰もいないのだろうと確認すると、あたしは荷物を置く。
右、左と順番に靴を脱いだら後は荷物を持って部屋のベッドまで行くだけ。疲れた体を癒すにはそれが最良の方法なんだから。

薄暗いリビングを横目に、階段で2階に上がり、部屋のドアをガチャリとあける。
やっと休める、そう思うと自然と頬が緩んでくる。荷物をその辺に置き、そしてそのままベッドへ飛び込ん……

と、そこで固まった。

なぜかベッドの中に誰かいる。
掛け布団の合間からさらさらの銀髪が覗いて見える。いや、あからさまに知り合いなんだが下手すると不審者よりも厄介な人が自分のベッドですやすやとお休みになっている。
え、ちょっと待ってまだ23時前ですよ?なんで平均来訪時間午前2時のあんたがここにいるのさ。
しかも寝言でなんか危ないこと言ってる。主に18禁的な意味合いで。いや、いくらなんでも視聴者の皆さんにお聞かせするわけにはいきません。

…………見なかったことにしよう。そして今すぐ避難しよう。

六の家ならきっと快く泊めてくれるだろう。多分部屋なら余ってるはずだし。
そう勝手に確信するとあたしは荷物片手に静かに、それを起こさないように忍び足でドアに戻った。
が、


「………………?帰ってきたのか?」


ジャストタイミングで起きやがった、このやろう。虚ろな叫びは自分の中に切なくこだました。
目を擦りながらあたしの名を呼ぶのは知る人ぞ知る有名人、Deuilのヴォーカル兼リーダーのユーリだった。
あたしがいることを確認すると、ユーリは寝ぼけ眼をこすった後にファンなら即倒の爽やかな笑顔をあたしに向けた。


「悪いな。少し疲れたから……休ませてもらった」
「そうですか。起きたとこ悪いと思いますけど何回言えば分かるんですかユーリさん……これはれっきとした不法侵入ですよ?」
「何を言う。愛の前では法律なんて無力に等しいのだぞ。私の気持ちくらい、はわかっているだろう?」
「お願いですから一回病院に行ってください」


疲れた体に、まるで巨大な岩を落とされたかの如くつきつけられた現実はあまりにも酷かった。
目の前の寝惚けた吸血鬼は相も変わらず戯言ばかりいう。これからきっといろいろと相手してやらなきゃいけないかと思うと胃が痛む。ああ、今度スマ君に何かお薬調合してもらおう。あたしじゃなく、ユーリのために。作ることが出来るならきっと。

(馬鹿につける薬くらい、きっと大丈夫だよね?)

だってこの間性転換とか惚れ薬とか危ない薬作ってたし。(成功したヨ!ってメールも届いてた)
心の中でそう思いながら、あたしは全てを諦め、仕方なく紅茶を淹れに台所へと向かうしかなかった。