みなさん、こんなお話を知っていますか? ある木こりが斧を川に落としてしまい嘆いていると、美しい女神様が現れてこう訪ねます。 「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?」 木こりはそれに対し「いいえ、どちらでもありません」と答えます。 すると女神様は木こりの正直な心に感心して、三本すべてをきこりに与えました。 そう、イソップ物語の「金の斧」です。 それが今あたしの目の前で起きてしまいました。 ただ、落とした物は少し……いや、かなりいやな物だけど。 これは、あたしがロキちゃんの家に遊びに行ったときに起こった出来事だ。 なんだかロキちゃんが忙しそうにしてたんで、暇つぶしにバウムちゃんで遊んでいた。 そうしたら案の定バウムちゃんは怒ってしまい、「外にでも行ってろ!」と追い出されてしまったので しょうがなくあたしはぶらぶらと散歩に出かけた。 周りには木と草以外何もないようなところだが、歩いていると後ろから歌声が聞こえてきたり、変な笑い声が聞こえてきたりして案外スリルはある。 まぁ、その辺は慣れてしまったせいで結構無視できた。問題はこのあとだ。 少し道を逸れて、草むらの中を邁進しているとなんだかキレイな泉を見つけた。 うっわ、こんな所に泉なんてあるんだなーとか思っていたら後ろに気配を感じ、振り向くことなく泉に叩き込んでみたところ現在に至る。 泉の中心に浮かんでいるのは以前ポップンパーティーで知り合った女神、ディアナ。 なんでも泉の中に叩き込んだ変質者を拾ってきてしまったようで。 満面の笑みを浮かべて彼女はそれを差し出してきたのだ。 「さぁ、さん。あなたが落としたのはどれですか?」 「…………ねぇ、ディアナ。ツッコミどころが多くてどこからツッコメばいいのかわからないんだけど」 「じゃあ適当に、一番疑問に思うことから指摘すればいいのでは?」 適当でいいのか。てかキャラ変わってない? 気のせいです。 なんだろう、笑顔がすっごく怖い。おかしいな、あんなにきらきら輝いているのに。 そう思い長もまずは疑問その1消去。彼女に何があったのかは知らないが、それがMZDの仕業でないことを祈っておこう。 そして、残る疑問を一気に解消していくつもりで深呼吸。頭をポリポリ掻きながら、あたしは拾われたそれを指差した。 「……ナンデユーリガココニイタノサ?」 「君のいるところへなら何処へでも駆けつけるさ」 うわ、天性のストーカーだこれは。とうとう不法侵入だけじゃ満足できなくなったか。 その上答えになってないという。一番うっとおしいんだよね、こういうタイプが。 あたしは無駄に水に濡れてカッコイイポーズをとっているユーリを見つめた。冷めた目を向けたと言うのが正しいだろう。 外見には問題ない(はず)なのに、中身がなぁ……。 ……てかおいそこ。何故顔を赤らめてあたしから顔をそらす。行動間違ってるから。 叩き倒してやりたいが相手は泉の上、あたしまで落ちるわけにはいかないのでその辺は我慢した。 「ともかく、あたしが落としちゃったのは変わりないんだよね……」 「君が突然私を一本背負いするから……」 「突然背後に立って耳に息吹きかけられたら誰だってそーする。あたしもそーした」 一本背負いではなくとも、何かしらの防御本能が働くって。 そう思いつつあたしは「この先の展開をどうするか」を考え始めた。 確か金の斧の中では間違って答えた悪い木こりには罰として何も与えなかったって言うけど…… ……いっそド○えもんの秘密道具みたいな事が起これば良かったのに。 そしたら良いユーリが出てきて、あたしに対する変人行為もなくなって、完全ハッピーエンドなのに。 惜しい。じつに惜しい。そんな風に黙考しているとディアナが申し訳なさそうに話しかけてきた。 「さん、このままじゃ話が進まないので……ごめんなさいね?」 そう言ってディアナはユーリの頭を掴むと ――容赦なく泉の底に沈めた。 人気ビジュアルバンドのリーダー兼ボーカルは「あがぼぉ!」と言う奇妙な声と共に泉に消えていった。 思わず「Good job!」と親指押っ立てちゃったじゃないか、ディアナ様。しかしディアナは微笑を崩すことなくあたしに問い掛けてきた。 「さて、これからいくつか、あなたが落としたものを示します。正しいと思ったモノを指差してください」 まさに童話「金の斧」の女神のように、彼女は泉の中に戻っていった。 そして次に浮かび上がってきたときには、なにかを掴んでいた。 微笑。そして問いを続ける。 「あなたが落としたのはこの純朴天然赤面性、恋する乙女なユーリですか?」 泉の底から現れたのはなんだか可愛い雰囲気漂うユーリ。 懐かしきポップンパーティー初登場の時の服を着ていて、優しくやんわりと笑っている。 ……そして頬を染めてそっぽを向く。 (一番マトモに見えるけど……普段のユーリに慣れてるとえぐいなぁ) 普段の変人変態要素がないだけでこれほどまでに破壊力があるとは。どうしよう、変態じゃなくなってもやっぱりキツいや。精神が。 そんなこと考えてるうちに、ディアナは次のユーリを引っ張り上げる。 「それともこのファンサービスは知ってても世間の常識を知らない、完全マイペースなユーリですか?」 (やっぱ常識知らないんだ) そこに現れたのは先程からある種のしつこさを見せていた普段通りのユーリ。 衣装は前のユーリとは違いぱりっとしたタキシードを着ている。安穏な笑顔を浮かべて無駄にカッコイイポーズを取る辺りがいつも通りと言ったところか。 更にディアナはユーリを泉から引っ張り上げる。 てかディアナ様。あなたのその細腕のどこに吸血鬼一体を片手で引っ張り上げるほどの力があるのでしょうか。 「それともこの超ワガママ自己中意地悪大好き、独占欲強めなユーリですか?」 待て。 いくら何でもそれを持ってくるのは反則だろう。 泉から現れたのはポップンパーティー8回目の時の若干センスのずれた衣装を着たユーリ。 その表情は明らかに何かを企んでいて、それを試したくて仕方がない。と言った感じだ。 勿論視線の先にいるのはあたしなわけで…… どれを選んでもあたしの未来はない。 いや待て、落ち着けあたし。 確か泉の話を聞いた悪いおじさんは自分の斧を泉に投げ込み、 泉の女神の問掛けに対して嘘をついたから自分の斧も失ったって言ってなかった? だとしたらこの場で嘘をついたらユーリの存在消滅? 世界に平和が訪れるじゃない。 全国のユーリファンには悪いけどあたしの平穏のため……大嘘ついてやろーじゃない! 「さあ、どれですか?」 ディアナの問掛けにあたしは迷うことなく答えた。 「全部で」 分かりやすい大嘘だった。 それに対して目を丸くするユーリ達。これで目の前にいるユーリ達は全員泉の底。 なんだろう、今あたし殺人犯の気持ちが分かった気がする。 これから先嫌なヤツの顔を見なくてすむと言うだけでこんなにも嬉しいなんて。 あたしは期待の眼差しでディアナを見つめた。そしてディアナはあたしに優しく微笑むと 「正解っ!」 「そう正解……って嘘――――――――――っ!!?」 ディアナは親指おったて「よくできました」とあたしに満面の笑顔。 逆にあたしはまさかこれが正解だとは思っていなかったので唖然とし、 同時に今後訪れる世にも恐ろしい結末を想像していた。 確か正直者の結末は…… > 「正解したあなたには三人とも差し上げましょう」 「やっぱりか!?やっぱりなのか!?いらないっ!こんなのいらないからみんな湖の底に沈めておいてよぉ――――!!」 「さよぉならぁぁ〜〜〜〜♪」 「行かないでええぇぇぇ―――――――っ!!」 泉の底へとディアナは消え、 あたしの前には三人のユーリ。 皆が皆あたしに喜びに満ちた眼差しを向けていて あたしは固まったまま動けなくなっていた。 |